検索の時代から「意味をつかむ時代」へ──最高戦略責任者が語るAIと従業員体験

A worker talks to a holographic figure in an industrial setting
Frank Wolf, Co-Founder Staffbase

Frank Wolf 従業員体験

最高戦略責任者
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断食明けのリンゴ

Staffbase 共同創業者のフランク・ヴォルフです。ふだんは職場で人々が情報をどう理解していくのかについて考えて過ごしています。ところが先日、社内コミュニケーションとはまったく別のところで、思いがけない「ひらめき」の瞬間がありました。

人生で初めて7日間の断食を終えたところでした。1週間、食べ物は一切口にしていません。そして、そのあと最初に口にしたのがリンゴでした。

あれほどリンゴを食べるのを楽しみにしたことは、これまで一度もありません。

しかし印象に残ったのは、空腹でもリンゴでもありませんでした。1週間を「どう乗り切ったか」のほうだったのです。

断食中は毎日、ChatGPT と長く、そして驚くほどおもしろい対話を続けていました。断食、栄養、肝機能、糖分、血圧のこと──何をすべきで、何を避けるべきか。そんなテーマについて、質問を投げかけていったのです。

これがすべてを変えました。

情報を探す行為が「対話」になったことで、私は普段 Google に打ち込む以上に、たくさんの質問をするようになりました。その結果として、より多くのことを学び、好奇心を維持し、気持ちのつながりも途切れませんでした。

この経験は、いま私たちの身の回りで起きている変化をあらためて思い出させてくれるものでした。検索から「意味をつかむこと」への転換。コンテンツから「体験」への転換。ただ情報を届けるだけの世界から、もっと個人的で、もっとパワフルな何かへの転換です。

AI は、私たちのテクノロジーとの関わり方そのものを根本から変えています。

そしてそれは、職場をはじめあらゆる場面で、人々がコミュニケーションや情報をどう「体験」するのかを変えつつある、ということでもあります。

検索の時代は終わった

この 25 年ほど、私たちはあらゆるものを「検索」のために最適化してきました。

情報アーキテクチャ。クリックの導線。ナビゲーションメニュー。ページやポータル、画面。近年の職場は、「必要なものは自分で探しに行く」という前提のもとに設計されたシステムのネットワークになっていました。情報さえきちんと整理されていれば、見つけられるはずだ、という考え方です。

その時代は終わろうとしています。

人工知能の登場によって生まれた新しい期待値は、「検索すること」ではなく「答えをもらうこと」です。探し回るのではなく、問いかけること。複雑なインターフェースの中を自分で進むのではなく、会話を通じて、必要なものが瞬時に、パーソナライズして、文脈とセットで返ってくることが求められるようになりました。

プロダクトはもはやインターフェースではありません。「対話」そのものなのです。

この変化は、生活の中ですでに起きています。何かの直し方を知りたいとき、わざわざウェブサイトで調べる人はいません。ChatGPT に聞きます。長い検索キーワードを打ち込む代わりに、スマートフォンに話しかけます。テクノロジーには、メニューから探させるのではなく、いまこの瞬間の自分に寄り添ってほしい──そんな期待が高まりつつあります。

同じ変化が、社内コミュニケーションの世界にも訪れようとしています。

これからも、あらゆるものを変えていくでしょう。

なぜなら、これは単に情報へのアクセスを速くする話ではなく、人と情報との関係性そのものを変える話だからです。繰り返すことでようやく信頼できるようになる世界から、最初から「信頼」が前提に組み込まれている世界へ。従業員が答えを探しに行くのではなく、答えのほうから従業員を見つけに来る世界へ。複雑な情報に意味づけをする作業はインテリジェントなシステムが担い、その上で従業員がより良い判断を、より速く下せるようにする世界になります。

検索の時代に求められていたものは「構造」でした。

AI の時代が焦点を当てるのは、「意味をつかむこと」です。

従来型のインターフェースは終わりを迎えている

現在起きている本当の変化について、話をしたいと思います。

世間は AI の話でもちきりです。でも、誰もあまり口にしたがらない現実があります。

従来型のインターフェースは、終わりに向かいつつあるということです。

機能しないからではありません。ただ、それだけではもう不十分になってきているのです。

もし今も、タブをたどり、カテゴリをクリックし、ナレッジベースを検索してようやく必要な情報にたどり着く、という前提に頼っているなら、それはすでに時代遅れです。それは「検索の時代」の発想の名残であり、ユーザーがシステムに合わせるのが当たり前で、システムのほうがユーザーに合わせることは想定されていない世界観です。

ここで大事なのは、構造は不要になったのではなく、これまで以上に重要になってきているという点です。

AI はナビゲーションの必要性を消しさるのではなく、イントラネットの「新しいユーザー」になろうとしています。そして他のユーザーと同じように、明確性を必要としています。

同じ出来事について 10 本の記事がシステム内に存在していたら、AI はどれを信頼すべきか判断できません。矛盾するコンテンツ同士を無理に統合しようとして、かえって分かりにくい答えを返してしまうこともあるでしょう。だからこそ、組織は「量産型の発信」から「構造を意識した発信」へと切り替えていく必要があります。時系列のニュース一覧ではなく、テーマごとに整理されたまとめページに近い考え方です

明確なセクションとメタデータ、リンクで整理され、よくメンテナンスされた一つの“信頼できる情報源”は、細切れのアップデートが大量に並んだ状態より、はるかに高いパフォーマンスを発揮します。私たちがこれまで一貫して提唱してきたイントラネットのモデルも、まさにそこにあります。アーカイブではなく「玄関口」としてのイントラネット。人が──そして今では AI も──安心して頼ることのできる、厳選され積極的にメンテナンスされた少数のページで構成される場所です。

私たちが仕事以外で使っているツールは、このことをすでに理解しています。

ユーザーに「検索のしかた」を教えることはせず、最初から結果を返します。ユーザーにナビゲーションを強いるのではなく、その裏側で構造とコンテキストを活用し、直感的に理解できる答えとして届けてくれます。

これこそが、従業員体験の世界で静かに進行している革命です。単なる画面デザインの刷新でもなければ、検索バーを速くするだけの話でもありません。期待値そのものが丸ごと変わっているのです。

私にとって成否を分けるのは、従業員でも、マネージャーでも、誰かが勤務中にふと質問を投げかけたときに、正確で、文脈に合っていて、信頼できる答えがその場で返ってくる、そんな瞬間にあります。

それを可能にするのが AI です。

これは単に「情報にアクセスできる」という話ではありません。

そのとき本当に必要な情報を、その瞬間に意味のあるものにする、という話なのです。

Staffbase では、AIの導入を理屈上ではなく、現実の組織の中で本当に機能させるには何が必要かをずっと考えてきました。

MIT のある調査が、この点をとてもわかりやすく示しています。AI プロジェクトが成功するのは、対象範囲が絞り込まれ、具体的な課題にフォーカスしているときだ、という結果でした。

このインサイトが、私たちのアプローチ全体を形づくっています。私たちは「何でもできる汎用 AI アシスタント」をつくろうとしているわけではありません。信頼性とタイミング、そして関連性がとりわけ重要になるポイントにフォーカスしたツールをつくろうとしているのです。

なぜなら、信頼を生み出すのはアルゴリズムそのものではなく、体験そのものだからです。

Frank Wolf speaking about AI at VOICES 2025 with presentation in background

信頼できるコンテキスト、コントロール、リーチというフレームワーク

だからこそ、Staffbase のアプローチは意図的にフォーカスを絞ったものになっています。複雑さそのものを追い求めるのではなく、現実の従業員体験の世界で、実際の課題を解決するAIを設計しているのです。

ただし、AI を本当に機能させるうえで重要なのは、機能だけではありません。信頼が成り立つための「前提条件」をどうつくるかが問われています。

それは、誰に何をどう届けるのか、そしてどのような体験として受け取られるのかを、あらためて考え直すということです。私たちはこのアプローチを、「信頼できるコンテキスト」「コントロール」「リーチ」という三本柱からなるフレームワークとして定義しています。

信頼できるコンテクスト

信頼はコンテンツで築かれるものではありません。信頼を生み出すのはコンテキストであり、正しい情報が、正しい相手に、正しい場所で、適切な見せ方で届いているときに初めて成り立ちます。上司からのプッシュ通知と、本社からの全社向けアップデートでは、同じ情報でも受け取り方がまったく違ってきます。AI はこの違いを理解できなければなりません。

ただし、その理解は適切な土台なしには成り立ちません。

AI のパフォーマンスは、参照するデータの質に左右されます。インプットの質が高ければ、アウトプットの質も高くなる。だからこそ、信頼できるコンテキストは、正確で、構造化されていて、関連性の高い情報から始まります。Staffbase はこれまでも、組織がノイズを削ぎ落とし、「信頼できる唯一の情報源」を確立し、本当に必要な情報を必要とする従業員に届けられるよう、管理者を支援してきました。

Employee AI は、そこからさらに一歩進みます。コンテンツを継続的にモニタリングし、問題のありそうな箇所にフラグを立て、改善点を提案し、従業員の目に触れるすべての情報が正確であるだけでなく、組織の基準やトーンにも沿っている状態を保つ手助けをします。これが、私たちの言う「AI 主導のガバナンス」です。つまり、コンテンツを“生み出す”だけでなく、“守る”役割も担う AI という考え方です。

同時に、Employee AI は従業員を一様に扱うわけではありません。役割や勤務地、好み、これまでの履歴を理解し、それらを記録と組織のコンテキストと結び付けることで、すべてのタッチポイントをつないでいきます。結果として生まれるのは、推測ではなく、具体的で安全、かつ信頼できるデータにもとづいた、スケール可能なパーソナライゼーションです。

大事なのは、情報の内容だけではありません。

誰が発信し、どこに表示され、全体像のなかでどれだけはっきりと位置づけられているか、そのすべてが問われているのです。

コントロール

AI は組織ときちんと足並みをそろえて機能しているときにだけ、本当の価値を発揮します。その方向性を決めるのがアルゴリズムではなく企業自身であることを保証するもの──それが「コントロール」です。

Employee AI を使えば、人事部のリーダーやコミュニケーション担当者が、AI のふるまい方、何を知っているか、どんな線引きをさせるのかといった挙動を定義できます。ブランドとしてのトーンを設定することも、自社特有のストーリーや文化的なニュアンス、正確性・倫理・コンプライアンスをめぐる原則を設定することも可能です。

こうした要素は、単なる技術的な細部ではありません。戦略的な判断であり、コンテンツそのものと同じくらい、従業員体験のあり方を左右するものです。

コントロールがあるからこそ、AI はただ「話す」のではなく、責任を持って語ることができます。メッセージの方向性を外さず、ブランドに沿い、共有されたゴールの達成に貢献する形で機能するのです。

管理者はツールを使って、出力結果の関連性を細かく調整したり、参照してよいナレッジソースを定義したり、明確なガードレールを設定したりすることができます。その結果として生まれるのは、従業員が自分の世界を理解する手助けをしつつ、組織を特徴づける価値観から決して外れない AI です。

リーチ

全員に情報を届けられなければ、組織として足並みをそろえることはできません。

本当のインパクトがあるというのは、職種や勤務地、デバイス、時間を問わず従業員にリーチできている状態のことです。デスクワークの従業員、工場の現場で働く従業員、シフトの合間に移動している従業員、タスクの合間にスマートフォンをチェックする従業員──誰に対しても情報が届いている必要があります。AI は人事や社内コミュニケーション担当者のリーチを広げるためのものであり、その幅を狭めてはいけません。

だからこそ、Employee AI は単なるスマートなツールではなく、スマートなインフラの上に成り立っているのです。

Staffbase はこれまでも、イントラネットモバイルアプリメールスクリーンSMSMicrosoft 365、ServiceNowなど、さまざまなチャネルを通じて、これまでつながりにくかった従業員と組織を結び付ける存在として信頼されてきました。これらのチャネルはすでに現場で使われ、好まれ、日々の仕事の中に溶け込んでいます。Employee AI は、そうした土台の上にインテリジェンスを重ね、すでにコミュニケーションが行われている場所そのものに「知性」を埋め込んでいきます。

ウェブ、モバイル、さらには音声にも対応した AI アシスタントが1つあれば、従業員は「必要なものを見つけるための会話の入り口」を持てるようになります。パーソナライズされたポッドキャストを通じて、従業員ごとに最適化された週次アップデートを届けることも可能です。実際の暮らしと仕事のリズムの中で無理なく聞けるフォーマットで配信されるため、情報とのつながり方もより自然なものになっていきます。

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本当に「届く」コミュニケーションには、インテリジェンスだけでは足りません。

「存在感」が必要なのです。

この変化を逃すリスク

今、多くの組織にとって最大の問いはとてもシンプルです。

AI を実際にどう導入するのか。

MIT が 300 件以上の AI プロジェクトを調査した研究で、その答えがはっきり示されています。導き出された結論は、「広く・なんとなく」導入するやり方はうまくいかないということでした。「とりあえず全員に AI を使わせてみる」という発想では、成果は期待できません。データレイクの時代にも失敗したのと同じアプローチであり、多くの場合、混乱やばらつきを生み、インパクトは小さいものにとどまるでしょう。

うまくいくのは、むしろその逆です。スコープを絞り、具体的なユースケースを定め、解決したい課題を明確にすること。狙いを定めれば定めるほど、成功確率は高まります。

Employee AI のアプローチも、まさにこの考え方に基づいています。

私たちがフォーカスしているのは、従業員が抱く、もっとも本質的な問いです。自分の仕事について、職場について、あるいは会社について、はっきり知りたいと思う瞬間。その瞬間にきちんと答えを返せるようにするために、信頼できるデータ、共有されたコンテキスト、ガバナンス、そして人事やコミュニケーション担当者がトーンやタイミング、戦略をコントロールできる仕組みを組み合わせています。

そこで生まれるのは汎用的な AI ではありません。

すぐに使え、会社の方針ときちんと整合し、従業員の仕事体験そのものを変えるだけのインパクトを持ったサービスです。

これこそが、重要な点です。他社よりもAIをたくさん導入することが目的ではありません。

適切な AI を使って、現実の課題を解決し、価値を素早く届けることが目的なのです。

この流れを生き残るのは、小さく始め、焦点をぶらさず、デスクワークの従業員だけではなく、すべての従業員がメリットを得られるかたちで導入できる組織でしょう。

一方で、インターフェースや検索バー、静的なイントラネットといった従来型のモデルにしがみつくリーダーたちは、人々の暮らし方や働き方、考え方に合わなくなった土台の上にシステムを積み上げていることになります。そうした仕組みは機能するかもしれませんが、満足できるものにはなりません。直感的に感じられることもなく、業務の助けにもなりにくいでしょう。

従業員は待ってはくれません。

そのうち外部のツールに頼るようになるか、あるいは完全に関心を失ってしまいます。

その代償は、単なる非効率ではありません。

方向性のズレが広がっていく。セキュリティリスクが高まる。組織にいちばん明確さと自信とつながりが必要なタイミングで、それらがじわじわと失われていくこと──その積み重ねこそが、本当のリスクです。

もしコミュニケーションが企業文化を形づくる手段だとするなら、Employee AI は単なる生産性向上ツールではありません。

信頼を深め、意思決定をスピードアップし、人々が本当に大事なことに集中できるようにするための、戦略的な手段です。

ただしそれは、リーダーが「コミュニケーションがどうあるべきか」「何のためにあるのか」を考え直す意思があるときにだけ機能するものだと言えるでしょう。

Frank Wolf speaking about AI at VOICES 2025

リンゴが与えてくれた気づき

断食の最後に食べたあのリンゴ自体は、何も特別なものではありません。ただのリンゴでした。しかし、注意の向け方が変わると何が起きるのか──ノイズが消えて、ふたたび視界がクリアになるときに何が見えてくるのか──を思い出させてくれるものでした。AI がリンゴをおいしくしてくれたわけではありません。ただ、その存在にどう気づき、どう味わうかは変わったのです。

従業員体験についても同じことが言えます。

私たちが使っているツールは人工的なものかもしれません。しかし、それらが生み出す体験は、驚くほど人間的なものになり得ます。意図を持ってツールを選び、適切なコンテキストの中で、正しい目的のために使うとき、人はより集中でき、より深く理解し、互いにつながりやすくなります。

それが「意味」の力です。

適切なコンテキストがあれば、コミュニケーションは単なる情報ではなく「意味」へと変わり、その意味がやがて行動へと結びついていきます。

いま私たちの前にあるのは、単に新しい世代のツールを使いこなすチャンスではありません。新しい種類の責任を引き受けるチャンスでもあります。ただ情報を届けるだけでなく、「感じられる体験」を形づくること。人々の視界をクリアにし、本当に大事なものへと導くこと。

あのリンゴが教えてくれたのは、まさにそのことでした。

それを可能にしつつあるのが AI であり、私たちのこれから進むべき道なのだと思います。